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葛飾北斎にみる道具の変遷

匠文化館の屋根と犬走りがとてもきれいになりました。
まだまだ改修工事は続きますが、ちょっと一息というところです。

匠文化館にはレプリカですが葛飾北斎『富岳三十六景 遠江山中』があります。

s-ブログ12月23にち 001

富士山を見下ろすような視角で、大きく見える木材を大鋸(おが)で木挽きする姿は、
人々に丹念で勤勉な印象を与える 江戸時代の名画です。

丸太から角材や厚板を採るには、製材機械が未発達だった明治中期以前及び
江戸時代には絵のような縦挽き用鋸、即ち製材する鋸は「前挽き大鋸」で行ないました。
今日の常識では想像を超える根気が要すると思われます。
室町時代に渡来した製材を行なう縦挽き鋸は、二人挽きでしたが
江戸時代に一人で押し挽き、引き挽き両用の「前挽き大鋸」が日本独自の発展を遂げました。

縦挽き鋸が開発される以前は、楔(くさび)や鑿(のみ)・斧(おの)などによる打ち割によって
製材されました。法隆寺の建立から室町時代の千年近くも打ち割りによって製材が行なわれていたのは
日本では長財を打ち割りで容易に採れる杉や桧が豊富にあったからです。良質良材の枯渇とともに
室町中期に現れた縦挽き鋸「大鋸」の登場は画期的な道具で、
部材は選ばれることなく松や欅など利用樹種を広げました。    森下
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