スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

飛騨の匠パート2

こんにちは

奈良の橿原市に飛騨町や古川町があるのをご存知ですか?

これは1300年前から平安時代末期まで飛騨の人々が
奈良でずーっと仕事をしていたことと関係あるのでしょう。 
単に偶然が重なったとは思えませんよね。
実際その町へ行ってみてどんなふうに作られたのか
聞いてみたいものです。


762年 勾猪麻呂(まがりのいのまろ )石山院建立とあります。
この いのまろさんは白川村の出身とか・・・
秀工として認められ従八位上の位階を授かり、
任期後も都に留まって興福寺や恭仁京などの建設にも携わったそうです。

従八位上の位階はどんなもの?今で言う勲授褒章なのでしょうね。

今も白川から天生へぬける国道360号線がありますが、
きっと昔は峠越えをしながら技術も飛騨一円に広まっていったのでしょう。
天生には匠堂があり鞍作止利が祀られていますが、
時代は前後していてもみんな関係しているのでしょうね。

NHKで「平清盛」やっていますが
飛騨の人たちはあの時代より前から清盛さんの時代まで
入れ替わり都の都市作りに関わってきたんですね。

薬師寺・法隆寺夢殿・東大寺など幾多の神社仏閣には
飛騨の人たちの一人一人の名前はありませんが
きっと汗がしみこんでいることでしょう。

いつか奈良や京都へ行った時は
汗の染み込んだ建物をなぜてきたいと思います。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。